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こうして困窮極まった状態の中、烏倉電鉄は倉急電鉄に吸収合併してくれるよう持ちかける。当初倉急電鉄は慎重な姿勢であったが、関南地区全体に事業展開するための橋頭保として烏倉電鉄の吸収合併を決定した。島部鉄道としては寝耳に水の話であり、地元新聞社を通じて「親会社の同意なくして身売りするとは甚だ道義にもとる行為である」<ref>鳥丘報知新聞1988年5月2日付朝刊</ref>と激しく抗議したが、他の烏倉電鉄株主(主に沿線自治体)の積極的賛同を得ており、かつ以上の事情があったため倉急電鉄は取り合わなかったという。<ref>週刊朝潮1988年5月12日発刊分、p35「怒り爆発!烏倉電鉄の謀反」</ref><br> | こうして困窮極まった状態の中、烏倉電鉄は倉急電鉄に吸収合併してくれるよう持ちかける。当初倉急電鉄は慎重な姿勢であったが、関南地区全体に事業展開するための橋頭保として烏倉電鉄の吸収合併を決定した。島部鉄道としては寝耳に水の話であり、地元新聞社を通じて「親会社の同意なくして身売りするとは甚だ道義にもとる行為である」<ref>鳥丘報知新聞1988年5月2日付朝刊</ref>と激しく抗議したが、他の烏倉電鉄株主(主に沿線自治体)の積極的賛同を得ており、かつ以上の事情があったため倉急電鉄は取り合わなかったという。<ref>週刊朝潮1988年5月12日発刊分、p35「怒り爆発!烏倉電鉄の謀反」</ref><br> | ||
烏倉電鉄を合併した倉急は、'''烏倉支社'''を設立し、凍結されていた[[烏倉駅]]~[[智美丸子駅]]間の路線計画を実現。さらに[[瀬田電気鉄道|瀬田電鉄]]との乗り入れを開始した。また、[[丹浦鉄道]]との乗り入れに際し、[[JMR中央線]]の[[本浦本駅]]~[[丸江津駅]]間下り線の第一種鉄道事業者免許を取得した。路線名は、第16回運輸省[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E5%B8%82%E4%BA%A4%E9%80%9A%E5%AF%A9%E8%AD%B0%E4%BC%9A 都市交通審議会]関南地区部会により答申された桐立西部方面線計画<ref>"西京府美音倉から七島県桐立を通り、浦本県浦本に至る路線、ならびに七島県箱重から分岐して開島県長野浜に至る路線とする"第16号答申より</ref>を見据えて「[[倉急七島線|七島線]]」とした。<br> | 烏倉電鉄を合併した倉急は、'''烏倉支社'''を設立し、凍結されていた[[烏倉駅]]~[[智美丸子駅]]間の路線計画を実現。さらに[[瀬田電気鉄道|瀬田電鉄]]との乗り入れを開始した。また、[[丹浦鉄道]]との乗り入れに際し、[[JMR中央線]]の[[本浦本駅]]~[[丸江津駅]]間下り線の第一種鉄道事業者免許を取得した。路線名は、第16回運輸省[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E5%B8%82%E4%BA%A4%E9%80%9A%E5%AF%A9%E8%AD%B0%E4%BC%9A 都市交通審議会]関南地区部会により答申された桐立西部方面線計画<ref>"西京府美音倉から七島県桐立を通り、浦本県浦本に至る路線、ならびに七島県箱重から分岐して開島県長野浜に至る路線とする"第16号答申より</ref>を見据えて「[[倉急七島線|七島線]]」とした。<br> | ||
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[[開島県]][[砥田市]]と、[[七島県]][[丸子市]]の間にかかる[[丸砥大橋]]が完成すると、烏倉線が[[砥田市駅]]まで延伸、全通した。これにより[[瀬田電気鉄道|瀬田電鉄]]・倉急電鉄・[[砥田開発鉄道]]・[[常総急行]]の4社直通運転が開始され、[[瀬田駅]] - [[箱重駅]]間が特急[[アクアス(列車)|アクアス]]により40分で結ばれるようになった。 | |||
現在は、箱重駅から桐立駅にかけての区間を建設中で、完成すれば[[西京メトロ]]も加えた5社直通運転が開始される予定である。 | |||
2000年代になるとICカードの導入も進めた。[[西京メトロ]]発行の[[Mineca]]を皮切りに、現在[[Ma-iCca]]・[[ToKoCa]]・[[Tipica]]の4種が使用できる。 | |||
== 路線 == | == 路線 == |