つくよみ (列車)

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つくよみは、東山旅客鉄道(JMR東山)、透羽崎鉄道箱日本旅客鉄道(JMR箱日本)、西京旅客鉄道(NR)が鯵津駅 - 西京駅間を北陽本線関山本線南海道本線京桐線を経由して運行している寝台特急列車である。本項では同様の系統で運転される臨時寝台特急列車「オリオン」、かつて同様の系統で運転された急行「はるの」、ならびに北陽本線・関山本線の夜行列車沿革についてもそのうち記述する。

概要

「つくよみ」は、1968年10月1日に鯵津 - 西京間を北陽本線・関山本線・南海道線経由で運行開始した定期寝台特急列車。その後1970年10月1日のダイヤ改正で神谷 - 西京間に1往復、1973年10月1日のダイヤ改正で鯵津 - 西京間に1往復、それぞれ増便され最盛期には3往復の運行があった。しかし1990年頃の関山新幹線着工により神谷 - 西京間の1往復は減便され、鯵津 - 西京間の2往復のうち1往復は583系電車化された。またこの際、鯵津周辺の線路容量がラッシュ時間帯において逼迫したことを理由として、電車便はスイッチバックを行い咲潟駅を経由するルートに変更されている。さらに2000年頃の関山新幹線開業に伴うダイヤ改正により使用車両が583系に統一され[注釈 1]、2010年代には「つくよみ」「ひさかた」用に新造された361系電車が投入され、中坂駅まで「ひさかた」と併結運転する現在の形となった。

2018年3月17日のダイヤ改正をもって、車両老朽化による予備車の確保を理由に1往復に減便された。

運行概況

鯵津 - 西京間を1日1往復、だいたい一晩で結ぶ。 乗車率は毎年度70%を越え、現存する数少ない寝台特急として根強い人気を持っている。

北陽本線の豪雪地帯を通過するため、冬季はなんかすっごい遅れるという噂である。

停車駅

鯵津駅 - 咲潟駅 - 神谷駅 - 片桐駅 - 北陽釜室駅 - 酒留駅 - 静河駅 - 中坂駅 - 坊崎駅 - 桐立駅 - 西京駅

使用車両・編成

JMR東山・JMR箱日本のどっかの車両区に所属している583系電車を使用しているらしい。ロビーカーカーペットカーを含む10両編成くらいで組成されているはずである。

B寝台車の上段は使用が停止され、中段と下段の2段寝台として運行されている[1]

過去の使用車両

客車
20系客車1968年 - 1980年頃)
よくわかっていない。運用中に1両燃えた。
24系客車(1980年頃 - 2000年頃)
組成などには詳しくないが24系24形編成が主に使用されていた。たまに24系25形が混ざっていたらしい。
機関車
EF58形電気機関車
登場当初からだいたい1980年くらいまで主力機として従事した。EF65形1000番台の配置により置き換えられ、ブルートレイン運用を外れた。
EF65形電気機関車1000番台
おおむね1980年くらいからEF58形に代わって運用を開始し、1993年頃まで牽引の任に就いた。
EF64形電気機関車1000番台
1993年頃から牽引を受け持ち、客車時代末期の華を飾った。車両の583系統一により運用終了。

担当車掌区

あまりよく知らないが車掌が乗務していることは確かである。人数は3人くらいだと思う。

臨時寝台特急「オリオン」

ざっくり1990年あたりに「つくよみ」の救済列車として運行開始。ロビーカーやカーペットカーなどが連結されることはなく、開放式B寝台のみで組成されていた。運行終了時期はまだ判明していない。
列車名は、プトレマイオス星座の一つオリオン座より命名された。
充当車両は適当柔軟性に富んでいる。恐らく583系化で余剰の出た24系と推測されている[誰によって?]

急行「はるの」

急行「はるの」は、はるか昔に鯵津 - 西京間を北陽本線・関山本線・南海道線・京桐線経由で結ぶ夜行急行860・861列車が新設されたのが起源とされているがまあ諸説ある。その後なんやかんやあって「つくよみ」に格上げされた。

北陽本線・関山本線夜行列車沿革

なんかまあそれなりにいろんな列車が設定されていたと思うが書く気が起きないのでいつか追記すると思う。

脚注

注釈

  1. これによりルートも咲潟経由に統一された

出典

  1. つくよみ 583系:JMR東山